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ねぎとろ丼

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先行する恋の魔法

※全年齢という板を考慮してネチョ表現はない様にしてます。どなたでもどうぞ。ただし、百合・レズ展開が苦手な方はお戻り推奨。














   『先行する恋の魔法』



 外の天気はあまり良くない。曇が暗い色をしていて、今にも降りそうであるほどであった。
 はぁ。溜息が漏れた。どうすればこの悩みを忘れられるだろうか。
 いや、解決する方法は知っている。ただそれに踏み込めないのだ。
 私霧雨魔理沙はとある人に恋をしている。しかし、そのことを相手に伝える勇気がないのだ。
 もしも拒絶されたら? 相手は私のことなど全く気にしておらず、どうでもいい等と言われたりでもしたら? そもそも相手が私を嫌っていたら?
 どんどん悪い方向にばかり考えてしまい、おかげで気分は最悪。昼に飯を炊いたが喉を通らず、とうに冷めて硬くなっていた。朝食も食べていない。 
 悲観ばかりしていては駄目だ。思い切って、行動してしまわないと。そうでもしないと、悩むことに忙しくて餓死してしまいそうだと思った。
 私は身支度とお洒落を済ませて箒に跨ぎ、紅魔館へ向かった。気分が悪くて、胸がむかむかするまま。

 正当な理由で紅魔館を訪れようとも、門番は容赦なかった。
 いつもは彼女がばら撒く弾幕を彼女ごと吹き飛ばすために形振り構わずスペルカードを使うが、今日はそんな気分になれなかった。
 紅魔館門番の美鈴は、いつも通りに飛び道具を放つ。私は彼女の弾幕を掻い潜り、挨拶をした。
「やあねえ、魔理沙が何もせずに挨拶までするなんて気持ち悪い。やっぱり今日は雨が降るのかしら」
「頼む、美鈴。何も言わず通してくれ。今日は泥棒いや、本を借りに来たわけじゃないんだ」
「ふうん。言ってみなさいよ。どんな理由であろうと蹴り飛ばしてやるけど」
「あ、いや……。ただ、その、人。そう、人! 人に会いに来たんだ! それだけなんだ!」
「あなたがそんな理由で来るなんてね。いきなり弾幕を放ってこないことは評価してあげる。でも、そう言ってまたパチュリーさんを悩ます様なことをするんでしょうに」
「悩んでるのは私のほうなんだよ! なあ、頼むから通してくれよ。今日は本当に悪さするために来たんじゃないんだって」
 そう聞いた美鈴は嫌そうな顔をした。何もしない私が気持ち悪いらしい。
「はいはい、そうですか。と、譲るはずないじゃない」
 美鈴が私を睨んで、踏み込む。咄嗟に八卦炉を掴む。掴んで、放した。今日は騒ぎ立てることなくお邪魔したいから。
「そんなに隙見せて、誘ってるの?」
 突進は止まらない。美鈴の手に気が集まっているのか、光を帯び始めた。私は箒を握り締めて殴られるのを受け入れようと思った。
 そこまですれば、私に悪意がないことをわかってもらえるはずだ。たとえ美鈴が妖怪であっても。
 拳が振り上がる。目を瞑って、顔をかばった。おかしい。攻撃がこない。瞼を開けると、握り拳が目の前で止まっていた。
「め、美鈴……?」
「特別よ。そこまで言うなら、通してあげる。でも、何かするって言うなら咲夜さんに殺されるがいいわ」
 どきり。さくや。その名前を聞いて、思考が止まった。彼女の笑顔が思い浮かんで、胸が締め付けられた。
「魔理沙? 変なものでも食べたの?」
「……あ、いや、大丈夫だぜ。ありがとう、美鈴」
「お嬢様に怒られたらあんたのせいだからね」
 感謝の言葉を聞いた美鈴は、とても嫌そうな顔をした。よっぽど、今の私が気持ち悪いのだろうか。
 門をノックして入ると、妖精メイド達の弾幕一斉掃射のご挨拶。私は彼らに手を出すことなく、咲夜を探した。

 とある部屋へ逃げ込むと、そこに運良く掃除中の咲夜がいた。どうせなら、最初から出迎えて欲しいものだと思った。
「こんにちは、魔理沙。あなたが探している物はここじゃなく、地下の方にあるんじゃなくって?」
 お客を迎えるにこにこ笑顔。その裏に隠れる、刃物の様な鋭い殺気。油断すれば、彼女のナイフが私を貫きそうな目つき。
 そんなことなしないと思うけど、そういう目で睨んで欲しいと思う自分がいた。
「あ、ああ……やあ、咲夜。いや、今日は本じゃなくてお前に用があるんだ」
「わたし? 何か忘れ物でもしたのかしらね」
 咲夜が顎に人差し指当てる仕草が、愛くるしいと思った。
 何より、頭につけたレース付きのカチューシャがお似合いで可愛すぎる。髪にくくりつけたリボンがより一層引き立てて。
 制服か私服か、どちらとも取れるエプロンドレスの着こなしはいつ見ても目を奪われてしまう。
「そんなのじゃないんだ。その、なんだ、ちょっと話したいことがあってさ」
「魔理沙にしては変な言い様ね。なんだか気味が悪いわ」
「それ、門番にも言われたぜ」
「そういえば何の騒ぎもなく、よく入ってきたわね」
「あーいや、いつも吹っ飛ばしたりしてたら、悪いかな……なんて思って、さ」
「助かるといえば助かるけどね。それで美鈴はどうしたの? 騒ぎを起こさずに吹っ飛ばしたの?」
「いや、必死にお願いして通してもらったんだぜ。危うく、殺されるところだった」
「そう、すごいわね。なんだか、ますます魔理沙が気持ち悪くなってきた」
「そ……そんなに、私って気持ち悪いか?」
「別人みたいに思えるほどに。その態度、魔理沙の話したいことと関係あるのね?」
「さ、咲夜! 私はそんなに気持ち悪いのか? 何が悪いんだ、教えてくれよ!」
 飛び掛かって、咲夜に迫った。お願いだ、そんなこと言わないで欲しい。もしそうだと言うのなら、私はもう生きていけない。
「ちょっと、ちょっと。魔理沙を悪く言ったつもりじゃないに決まってるじゃない。ただの言葉遊びなんだから、それぐらいわかるでしょ?」
「……あ、ああ、良かった。こ、こっちこそ悪いな、取り乱して」
 そうでなくて、良かった。私は、彼女ことが、咲夜のことが好きなのだから。
 しかし、いざ咲夜に好意を伝えるとなると恥ずかしい。とても真っ直ぐ顔を見て話すなんてできるはずがない。
「今日はそんなに暇じゃないんだからさ、さっさと言いなさいよ」
「え……あ、いや、忙しいっていうならまた今度にするぜ。ははは……」
 そういうことなら、先延ばしにしようと思った。今は無理だ。絶対無理だ。言葉が出てこないから。
「冗談に決まってるわよ。魔理沙がそんなに焦らすから催促しただけじゃない」
「……」
「いいわ、ちょっと待ってなさい。お茶でも淹れてくるから」
「あ、ああ。悪いな」
 部屋を出て行った咲夜。綺麗に磨かれたイスに座らせてもらうことに。
 しかし私みたいなのが座ってもいいのだろうか。咲夜が丁寧に掃除したものを、私が土足で踏み入って汚しているみたいだと思った。
 私のように雑な人が、咲夜のように完璧な人間と釣り合うとは思えない。
 全ての法則を駆使して計算したところで、私と咲夜が結ばれることは証明できないだろう。
 そう思うぐらい、自分が愚かにさえ見てきた。
 咲夜はすぐに帰ってきた。
「お待たせ。これ飲んで少し落ち着いたら?」
「ああ、そうさせてもらうぜ」
 出来立ての熱い紅茶を啜る。温かみで、少しは落ち着けたかもしれない。
 でも咲夜の顔を見ることができないことに変わりはなかった。
「それで、話っていうのは? そんなに話にくいっていうことは、恋愛とかそういう話ね?」
「んんっ!」
 咲夜の察しに思わず紅茶を噴出す。慌てて、立ち上がった。折角の真っ白なエプロンが台無しだ。
 と思うと、噴出したお茶は掃除されていた。エプロンに何の染みもない。口の周りも拭き取られている。
 もしかして、咲夜が時間を止めて綺麗にした? ということは、彼女が私の服に触ったり、顔に触ったりしたということ。
 そう考えると、心臓の音が大きくなってきた。
「魔理沙、もう綺麗だから座っても大丈夫よ?」
「あ、ああ……」
 動悸が激しい。深呼吸して、落ち着こう。落ち着いて、勇気を出して、告白するんだ。大丈夫だ、魔理沙。きっとできる。
「さ、咲夜。……その、聞いてくれ」
「聞いてるわよ?」
「あ、あの! 私、霧雨魔理沙は! ささ、咲夜のことが、その……す、好きなんだ!」
 言い切った。途端に、物凄く恥ずかしくなった。
「魔理沙?」
「いつからか、ずっとお前のことばかり考えるようになったんだ! ずっと悩んでいて、ご飯も食べれないほどだったんだ!」
 あんまり恥ずかしいから、逃げようと思うほど。
「魔理沙……」
「そ、それで……咲夜は私のことをどう思うんだ?」
「……」
 やっぱり、困ってる。突然こんなことを言われれば誰しもがそうだろうけど。
 こんなこと言うんじゃなかった。言ってから、後悔し始める。
「いや、いいんだ。この話、無かったことにしよう」
「え、ちょちょっと」
「じゃ、じゃあな! 用事思い出したんだよ!」
 部屋を飛び出して、適当な窓から自分の家へ一直線に向かった。
 あーもう駄目。私はバカだ。超がつくほどに。氷精よりも愚かだ。咲夜に告白したということが。
 もう彼女と目を合わせることなんてできない。一刻も早く家に帰ろう。
 そうだ、研究中の魔法を完成させよう。そうしよう。
 そうすれば咲夜の笑顔なんて忘れられる。柔らかく、繊細な指先も忘れられる。彼女の香りもきっと忘れられる。
 どうやっても、私に咲夜を忘れる手段はないような気がした。
 家に帰るなり、帽子も靴も箒も何もかも投げ散らしてベッドに飛び込んだ。
 そうだ。寝てしまおう。少しは頭の中が整理できるはずだ。
 いっそこのままずっと眠り続けて、起き上がることなく死んでしまってもいいと思った。
 胸が苦しい。胃がよじれたみたいに痛い。息がつまったみたいで、し辛い。気がつけば、涙を流して泣いていた。
 今頃咲夜は私のことを変な奴だったなんて思っているのだろうか。
 いや、彼女はそんな奴じゃない。もしかすれば、私に何があったのか心配していたりするかもしれない。
 そこで、意識は沈んだ。



 気がつくと、外は夜。気分は最悪。水を一杯飲んでみて、また切なくなってきた。
 これからどうすればいいだろう。霊夢に会いにいったところで、泣きついてしまうかもしれない。
 この嫌な気分をいっそ半人半霊の白楼剣で断ってしまいほどである。
 何か食べよう。それから考えよう。咲夜と会わずに生きていく方法を。
 そのとき、ドアが叩かれた。私を呼ぶ声がする。咲夜の声だった。
「魔理沙、いるんでしょう? 開けてちょうだい」
「……い、いない! 魔理沙なんていないんだ! 帰ってくれよ!」
 会いたくないと思った。今会えば、精神がおかしくなりそうだ。
「お願いよ、魔理沙。開けて」
 そうだ。マスタースパークで吹っ飛ばしてしまえばきっと帰ってくれる。
 しかし運悪くか。燃料の茸が切れていて、火を噴かせることはできなかった。
 燃料があったところで咲夜を傷つけてしまうから、出来ない気がした。
 大きな音とともに扉が蹴飛ばされる。苛立った表情の咲夜が、そこにいた。
「魔理沙ったら、答えも聞かずに飛び出ちゃうなんだから」
「あ、あああ……」
 八卦炉が手から落ちた。胸の中がさらに締め付けられる。私はどうすることもできなく、その場に崩れ落ちた。
 咲夜がゆっくり、近づいてくる。私は今にも泣きたくて仕方がない。
「魔理沙、手を握ってもいい?」
「……え、ああ。いい、ぜ」
 咲夜の表情はとても優しいものになっていた。
 暖かい手肌の感触に思わずうっとり。そして彼女は。私の唇を奪った。
 あまりの出来事に、頭の中が真っ白。同時に、とても恥ずかしいことをしているではないかと思った。
 咲夜の方から離れていく。嬉しさと恥ずかしさが混じって、何も考えられない。
「魔理沙、これがわたしの答えよ」
「さ、さく、や……」
 抱きついた。それから、泣いた。彼女の胸の中で、たくさん泣かせてもらった。
「咲夜ぁ……うう、ひっく、ぐすん……」
「わたしの中でたくさん泣いて、魔理沙。ああもう、髪の毛ボサボサじゃない」
 髪の毛を手ですく咲夜。撫でてもらってるみたいで、ものすごく心が安らいだ。
「咲夜ぁ、咲夜ぁ……」
「なあに、魔理沙。わたしはここにいるわ」
 長らく、ずっと感じなかった優しさ。咲夜に抱いてもらって、母親を思い出した。
 泣き止まない私をなだめるように撫でながら、私の名前を囁く母を。
「さ、咲夜は、私なんかでいいのか? 私なんかより、レミリアの方がよっぽどかっこよくて、綺麗じゃないか」
「何を言うの。魔理沙ほど可愛くて、愛らしい人はいないわ」
「咲夜……」
 彼女の言葉に胸が刺激された。決して苦しいものではなく、とても嬉しく思えるもの。気持ちのいいもの。
 私は咲夜に接吻を迫った。受け入れてくれて、口で相手の温もりを感じた。
 そっと、口を離す。目の前には、目を潤ませる咲夜。
「魔理沙、大好きよ。愛してる」
「わ、私だって……咲夜のこと、愛してるぜ」
 彼女の細い体を抱きしめる。柔らかく、優しい匂いがした。
「さ、咲夜、今晩は空いてるのか? これから晩御飯なんだが、もし良かったら……その、一緒にどうかなって」
「残念だけど、今日はもう帰らないといけないの」
「そ、そうか……」
「明日。明日また来るわ。そのときは、ご飯をご馳走になるわね」
「楽しみに待ってるぜ」
 壊れた扉を二人で直した。それから咲夜は帰っていった。見送って、溜息が出た。気持ちのいい、溜息。
 咲夜は私を受け入れてくれた。あまりの恥ずかしさに逃げ出した私を追いかけてきて。
 扉を閉めて、台所へ向かった。今日はご飯が美味しく食べられそうだ。
 汁物でご飯を食べながら、明日の計画を立てる。
 明日のためにレシピを考えよう。咲夜なら洋食の方がいいだろうか。いや、私の作ったお味噌汁を是非飲んでみて欲しいところ。
 そうと決まれば今晩は簡単なもので構わない。お洒落も考えないと。帽子のリボンを変えてみようか。
 部屋も掃除しないといけない。散らかったままでは、さすがに恥ずかしい。
 咲夜が私を見つめる視線を思い出した。それだけで、体の奥底が熱く感じた。これは恋に燃える感覚。
 明日はどんな服で咲夜を迎えよう。どんなお菓子を作って待っていよう。どんな笑顔で迎えれば、喜んでくれるだろう。


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